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ら抜き言葉  

開設してから何もしてない……何か書こう。

昔からずっと気になっているのが『ら抜き言葉』。

×『食べる』→『食べれない』
○『食べる』→『食べられない』

これまでさんざん議論されてることで、さまざまな主張があります。
言葉は変わっていくものだから広く使われているなら認められてしかるべきと主張する人。
気づいていても、無視する人。
気づこうと気づくまいと、興味がないので、気にしない人。
そもそも、『ら抜き言葉』の存在を認識・理解できていない人。
僕はというと、ごくごく普通に、「『ら抜き言葉』は間違いである派」です。
なぜなら、文章に責任を持って発表する仕事をしているから。

方言ならともかく(大阪弁とかかな)、現在の標準語で『ら抜き言葉』は正式に採用されていません。
少なくとも、文章を世に送り出しているプロは『ら抜き言葉』は使いません。
「特に若い世代が『ら抜き言葉』を日常的に使っている」なんて報道も聞いたことありますけど、世代がどうのは関係なーい。
普通に出版社や新聞社に勤めるとか作家になるとか公務員になって公文書を作るときとか、一般的な企業でもホームページを運営するとか、文字を正しく扱う必要がある仕事をするときは標準語を使うよう(イコール『ら抜き言葉』を使わないよう)先達に指導されます。
されなくても常識で判定して運用します。
もっとも校閲漏れなど、純粋なミスはありえますが。

つまり、『ら抜き言葉』を容認している人たちは「そこまで言葉に責任を持つ仕事をしていない人たち」ともいえます。
「多くの~」「みんなが~」というのは、その範囲での話です。たぶんね。
政治家がフツーに使っているなんて話も耳にしますけど、まあ、たぶん、ね。
実際、『ら抜き言葉』でも意味が通じるので、狭い範囲での一過性の伝達が目的であるなら問題はありません。
近年でいうところの「スマホで知り合いとつながりを感じることが幸せ」と感じる人たちにとっては、それで十分なんでしょう。
でも、制作物や一般的な通知など、責任が生じる場合での使用が不適切なのはいうまでもないことです。
ということで、僕はとことん文章にこだわる姿勢でいきます。
それに、日本語ってせっかく素晴らしい言語なのに、無関心なのはもったいないでしょう。

さて、その『ら抜き言葉』、ネット上のブログやツイッターなど一般人の書き込みで見かける分には、先の通り『気にはなるが問題ないと判定する』ということですませているのですが、特に最近、テレビでの露出が増えている気がするのです。

バラエティーで、ら抜き言葉。特定の人たちが毎回あちこちでです。
ニュース番組で、ら抜き言葉。このときはゲストのコメンテーターだったかな。
なんと、CMでも、ら抜き言葉。何っ!?

バラエティーやニュースは「勢い重視」というか、
NGにする方がデメリットが大きいので仕方がないでしょうが、
そもそも演者が無知だから発生しているわけで、こりゃなんとかした方がいいのにとは思います。
テロップではきちんと補正されていることが多いですしね。
で、驚いたのがCMでの使用……いいのかなあ?
僕は直感的に
「予算、期間、人材、器材、どのような理由があれ、この会社はまともな検査を行えなかった」
イコール「この会社は何かしら問題のある可能性が高いと露呈させてしまった」
と判断しました。
でも、最終的に企業側がこの広告でかまわないという以上、「まあいいよ、好きにおし」という気分です。
もちろん事実はわかりません。本当の単なる単なる単なるうっかりミスかもしれませんし。

そんな中、どうしても許せないのが、制作物内で使用されているとき。
複数のプロが関わる段取りのもの……つまり、小説やドラマなどは、さすがにほとんど見かけません(プロが関わっていても性能を発揮できない環境の場合は別です。含みのある言い方ですが)。
でも、一番の問題、なんといっても!
曲の歌詞!
これだけは!
『ら抜き言葉』が耳に飛び込んできた瞬間、注意がそっちの方に持っていかれて、曲を感じるモードじゃなくなります。
あきれたり、むかついたり、がっかりしたり。
すべてが台無しです。
途端に、歌声が妙にむなしく聞こえてきます。
とても有名な曲もあります。
内容からしてメッセージ性を持たせようとしているらしいです。
でも、説得力はありません。
だって、それを作詞した人が、言葉へのこだわりを持っていないんだから。

原因は、作詞する人間が文章のプロとは限らないこと。
検査する人に編集スキルがあるとも限らないこと。
それどころか、作曲が同一人物だったら、校閲しないままさっさと譜割りしちゃうことだってありえます。
また、作詞が後づけの『曲先』の場合だったら、そもそも言葉より曲を重視する人が音頭を取っている現場なので作詞者に同情はするものの、結局のところ、そんなふうにあてちゃいかんだろうと思います。この場合は、ある意味で、作詞者の腕の見せ所という感じです。

とにかく、きちんと精査してからコトを進めてくれと切にお願い申し上げたい。
最低限の文法くらいは踏襲してほしいんですよお。
じゃないと、それ、売り逃げ商売か、インディーズレベルってことです。

……。
なんか長くなっちゃった。
そろそろ無念さに終止符を打ちます。

さて、最後に、動詞に『ら』が必要か不要かの判定の仕方。
二通り知ってます。

1.動詞に『ない』をつけて判定。
動詞に『ない』をつけて否定し、『ない』がついた直前の文字の音がアイウエオのどの段か確認する。
この文字が『イ段』か『エ段』のときは『ら』を必要とする動詞である。

例:
『食べる』→『食べない』
→『ない』の直前の文字は『べ』である。『べ』はエ段である。なので『ら』が必要
→○『食べられない』
(『べーーー』と伸ばして発音するとエ段ですネ)

同様に、
『着る』→『着ない』→『き』はイ段なので『ら』が必要→『着られない』
『切る』→『切らない』→『ら』はア段なので『ら』は無用→『切れない』

2.動詞に『よう』をつけて判定。
動詞に『よう』をつけて意志表示にできたら『ら』を必要とする動詞である。

例:
『食べる』→『食べよう』
→『よう』をつけられたので『ら』が必要
→○『食べられない』

『切る』→『切よう???』
→『よう』がつけられないので『ら』は無用
→○『切れない』

以上。
ステップアーップ!
批判じゃなくて、こういうためになることを書いていこうと思ってたんですよ? ほんとーですよ?

category: 日本語

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